はじめに
深夜、布団の中で「早く寝なければ」と焦れば焦るほど、かえって眠れなくなる。このような経験をしたことはありませんか?
特に起業家や経営者など責任ある立場の方々に、この悩みは多く見られます。
そしてこれは、責任感が強くて、人思いで、努力家で、人一倍がんばり屋さんで、真面目すぎる方という共通点があります。
ぼくは睡眠改善のコンサルや施術家をしていて、こんな不条理ってないよなってやりきれない思いにかられます。
だって、がんばっている人が眠れなくなって体調を崩して余計にがんばらなくてはいけない状況になったり、そのがんばりが報われなかったりって悲しすぎます…
はい。かつての自分がそうでした。がんばればがんばるほど仕事も人間関係も健康も悪くなって堂々巡りから抜け出せずうつ病になりました。病院に行けば「5年生きられないよ」と言われる始末。
だからめいいっぱいがんばっていて眠れなかったり、体調が悪かったりする方の気持ちが痛いほどよく分かるんです。
真面目な人ほど陥る、睡眠の不条理
起業家としてご自身のビジネス、または経営者として会社の成長のために誠実に努力を重ね、健康のことだって忙しい中、勉強されて重要性も重々理解している思います。だから睡眠だって「ちゃんと寝よう」と意識されていますよね。でも皮肉なことに、このようなパーフェクトヒューマンはかえって良質な睡眠を遠ざけてしまっている傾向にあります。
中医学では、この状態を「心腎不交」と呼びます。心(精神)が過度に緊張することで、腎(身体の基本的な生命力)とのバランスが崩れ、自然な眠りが阻害される状態です。
ある40代の女性起業家はこう仰っていました。
「健康診断で睡眠不足を指摘されてから、かえって眠れなくなりました。22時には必ず布団に入る、スマートフォンも見ない、温かい飲み物を飲む…。睡眠のための行動を完璧にこなそうとすればするほど、プレッシャーで眠れなくなってしまうんです」
また、別の50代の女性経営者は次のように述べています。
「業績が上向きになってきた矢先に不眠に悩まされ始めました。皮肉にも、会社が成長期に入ったからこそ、より健康でいなければと思い、睡眠時間を確保しようと必死になった。でも、その意識が逆効果でした」
責任感が強く、まじめな人ほど、このような不条理に苦しめられます。
これはおそらく、睡眠までもが「こなすべきタスク」となってしまっている可能性が強いからだと考えられます。 そして、それがうまくいかないことへの不安がさらなる不眠を招いて、この悪循環に気づかないまま、多くの方が心身の不調へと追い込まれていっているように思います。
現代社会が生み出した睡眠障害
中医学では「天人合一」という考えのもと、人間は自然界のリズムと調和して生きることで最も健やかな状態を保てるとされています。
しかし、現代社会ではこの自然なリズムが様々なかたちで阻害されてしまい、不眠症をはじめとした睡眠障害という病を引き起こしています。
デジタル社会がもたらす影響
現代人の多くは、就寝直前までスマートフォンやパソコンの画面を見続けています。
ブルーライトの影響は広く知られていますが、それ以上に問題なのは常に情報を処理し続けている脳の状態です。
SNSやニュースアプリの「無限スクロール」機能は、私たちの脳に際限のない刺激を与え続けます。
「あともう少し」が永遠に続く設計は、現代人の睡眠を脅かす大きな要因となっています。
中医学では、この状態を「心火上炎」(心の火が上へ燃え上がる)と表現し、心身ともかなりよくない状態だと判断します。
24時間社会の落とし穴
中医学では、夜間は陰の気が優位になる時間帯とされ、心身を休ませるのにとても大切な時間と位置付けます。車で例えると「陽」がアクセルであれば「陰」はブレーキです。
また「陰」はエンジンを冷やすラジエターの役目をしています。
ですから、ブレーキやラジエターのメンテナスをしたり休ませたりしないと暴走したり、故障から事故を起こしやすくなってしまい身体の中でも同じことが言えるのです。
しかしながら、私たちの社会はコンビニエンスストア、深夜営業のジム、終電後まで営業する飲食店、24時間365日休むことなく動き続けています。
現代社会は、自然な陰陽のバランスを無視し昼夜の区別なく活動することを求めています。
人工的な環境の影響
中医学では、季節の変化に応じて人間の気の流れも変化すると考えます。
現代の都市環境では、夜になっても街灯やネオンサインが眩い光を放ち続け、温度管理された室内で一年中快適に過ごせます。
一見便利なようですが、これも自然なリズムを乱す一因であり、自然な変化を感じにくくしていると言えます。
これらの現代社会特有の問題は、単に個人の努力で解決できるものではありませんが、これらの問題の本質を理解することで、より自然な睡眠のあり方を模索することができます。
人間本来の睡眠リズムを理解する
実は、よく言われている「22時に寝なければならない」という固定観念に縛られる必要は全くありません。
私たちの祖先は、もっと自由な睡眠パターンを持っていました。
この事実は、歴史的な文献や古い日記などから明らかになっています。
例えば、シェイクスピアの作品には夜中に目覚めて活動する場面が数多く描かれていますが、これは当時の一般的な生活リズムを反映したものだったのです。
多相性睡眠という本質
産業革命以前の人々は「多相性睡眠」が一般的でした。
つまり1日1回の睡眠ではなく何回かに分けて眠る「分眠」とも言います。
日が暮れてから最初の睡眠を取り、真夜中に1-2時間の覚醒時間があり、その後再び眠りにつく。
諸説ありますが、このパターンこそが人間本来の自然な睡眠リズムだったようです。
興味深いことに、この真夜中の覚醒時間は、単なる中断ではなく、むしろ重要な意味を持っていました。
人々はこの時間を瞑想や祈り、創作活動、あるいは家族との静かな会話の時間として活用していたのです。
フランスの哲学者デカルトも、この「第二の目覚め」の時間に多くの思索を行っていたことが知られています。もっと昔の紀元前ですと、当然今の様なきちんとした住居や睡眠に適した環境がありません。
そのため、いつも外敵などの危険にさらされているのでそもそも1度に熟睡が出来なかったという説もあります。
こういった観点から申し上げると、夜中に目が覚めるのは人間が本来もっている性質やリズムで睡眠の質が悪いとは一概に言えないと思います。
中医学における睡眠の考え方
中医学においては「子(23時-1時)」の時間帯に最初の深い眠りをもたらすと考えられています。
ここでお伝えしたいのは、何回寝るかではなくこの「子(23時-1時)」の時間帯にどれだけ深く眠れるかということです。
つまり1時以降に目が覚めてしまっても悩む必要はないということです。
当然、そのあとにまったく眠れなくなるのは良くないですが、目が覚めてもすぐにまた眠れるのであれば問題ありません。
【 中医学における「十二経絡」の考え方 】
- 子の刻(23時-1時):胆経が活発に働き、深い眠りをもたらす
- 丑の刻(1時-3時):肝経が活性化し、身体の解毒作用が高まる
- 寅の刻(3時-5時):肺経が優位となり、新鮮な気を取り込む
このように、各時間帯でエネルギーが最も活性化する経絡は違います。
やることが多くてついつい寝る時間が遅くなってしまいがちだと思いますが、陰の気を補うことも考えると23時までには寝ていただきたいです。
現代社会における睡眠パターンの歪み
現代社会で一般的な「22時就寝、6時起床の8時間睡眠」という画一的なパターンは、実は産業革命以降に生まれた極めて新しい概念だと言えます。
工場での労働が一般化し効率性を重視する社会システムが確立される中で、人々の睡眠パターンも均一化されていったと考えられます。
そう考えると、ぼくたちは「不自然な睡眠パターン」を「あるべき姿」として追い求めてしまっているのかもしれません。
この認識は、現代の睡眠問題を考える上で重要な視点となると思います。
個人の自然なリズムを尊重しつつ、現代社会で求められる生活パターンとの調和を図ることが、これからの課題となるでしょう。
例えば、そもそも生まれつき備わっている体内時計のパターンの「クロノタイプ」というものがあります。このクロノタイプは、一般的に「朝型」「夜型」とも呼ばれ、遺伝的要因が大きく関与しており、50%程度遺伝的に決定されているという研究結果もあります。
実は体内時計のミスマッチによってMAX能力を出せていない人が62%もいるという調査結果があるもあるくらいです。
夜型の人は無理に朝型に変えようとしてもうまくいかないということです。
クロノタイプは国立精神・神経医療研究センターがウェブで公開しているセルフチェックツール「ミュンヘンクロノタイプ質問紙(MCTQ)日本語版」で調べることができます。
ご興味がある方は調べてみてくださいね。
睡眠の質を決めるのは最初の90分
重要なのは「何時に寝るか」ではありません。
就寝してから最初の90分以内に、どれだけ深い眠りに入れるかが大きなポイントとなります。
一晩の睡眠の質を決定づけると言っても過言ではありません。
最初の90分で十分な深睡眠が得られないと、たとえ8時間眠っても疲労回復が不十分になりがちです。
逆に、最初の90分で良質な深い睡眠が得られれば、その後の睡眠時間が多少短くても十分な回復効果が期待できます。
中医学から見る90分の意味
中医学では、この最初の90分を「陰気が最も充実する時間」と捉えています。
この時間帯に深い眠りに入ることで体内の気の巡りが最適化され、より効果的な休息が得られると考えられています。
特に注目すべきは、この時間帯における「心腎相交」の状態です。
心腎相交(しんじんそうこう)とは、心(精神や活動的なエネルギー)と腎(体の基本的な生命力や静的なエネルギー)のバランスのことです。
昼は活動的に、夜は静かに過ごすという自然なリズムを保つことでこの両者が調和し、良質な睡眠や健康な心身が実現されます。
このバランスが崩れると不眠などの症状が現れてしまいます。
入眠直後の90分は、心(精神)の陽気が徐々に静まり腎(身体の基本的な生命力)の陰気が上昇して互いに交わる絶好の機会になります。
この心腎相交の状態が実現され質の良い睡眠をとるには、夜は静かにリラックスして過ごすということがとても重要です。
そうすれば、自然に眠気がやってきます。
時間にとらわれすぎない重要性
つまり、時計を見て「もう22時だから寝なければ」と焦るのではなく、体が自然と眠りを求めるようにしていくということです。
大切なことなので繰り返しますが、夜は静かにリラックスして過ごすということがとても重要です。
眠れない時に時計を気にする習慣のある方は、そのこと自体がストレスとなってさらに眠れなくなるという悪循環に陥りがちです。
時計を見えない場所に置いてみてください。
そして、代わりに自分の身体の声に耳を傾けてみてください。
そうすることで多くの方の睡眠の質が改善されています。
不眠は体からのメッセージ
眠れない夜が続いていれば、それは身体の中で「何か不自然なことが起きている」という警告です。
中医学では不眠を単なる症状としてではなく、体全体のバランスの乱れのサインとして捉えます。
特に、以下のような状況は要注意です。
精神的な緊張が続く場合
締切りに追われる、重要な決断を控えている、人間関係の悩みがある―など、心が落ち着かない状態が続くと「心火上炎」の状態となり、自然な眠りが阻害されます。
過度な身体的疲労
過度な運動や長時間のデスクワークは、体の「気」の流れを滞らせます。
特に首や肩の凝りは、頭部への血流を妨げ、良質な睡眠の妨げとなります。
不規則な生活リズム
食事時間が不規則、仕事の都合で就寝時間が大きく変動するなどの生活リズムの乱れは体内の自然なリズムを崩す大きな要因となります。
「何もしない時間」の重要性
解決の鍵は、実はシンプルです。
日が暮れてからの「何もしない時間」を確保することです。
しかし、現代社会において「何もしない」ということは、意外なほど難しい課題となっているように思います。
人類の本来の生活リズム
かつて人類は、日が暮れれば自然と活動を減らしていきました。
火や電気がない環境では、暗くなれば自然と休息モードに入るしかなかったのです。
この「暗くなったら休む、明るくなったら活動する」という単純な原則こそが、人間本来の生活リズムでした。
考古学的な研究によれば、古代の人々は夕暮れ時から約2-3時間かけて徐々に活動を減らしていったとされています。
このいわゆる「黄昏時間」は、現代人が失ってしまった大切な時間帯だと言えます。
中医学における陰陽の調和
中医学では、この原則を「陰陽の調和」と表現します。
昼(陽)は活動的に、夜(陰)は静かに過ごす―この自然なリズムに従うことで、体内の気の流れも整うとされています。
夜の時間帯は、体内の陰気が最も充実する時期です。
この時間帯に活動を続けることは陰気の充実を妨げ、結果として様々な不調を引き起こします。
このブログの最初の方でも述べましたが、車に例えると「陽」がアクセルであれば「陰」はブレーキです。また「陰」はエンジンを冷やすラジエターの役目をしています。
ブレーキがうまく働かなかったり、エンジンを冷やすことができなければ大変なことになってしまいます。ですので、昼間によく働いてくれる身体も夜はゆっくり休ませてあげてくださいね。
意識の変革の重要性
最も重要なのは、「何もしない」ことへの罪悪感から解放されることなのかもしれませんね。
現代社会では、常に何かをしていなければならないという強迫観念のような思いにとらわれがちです。
しかし『何もしない時間』は単なる怠惰ではなく、心身の健康に必要不可欠な投資だと思ってください。
かつてのぼくも回遊魚のようにずっと動いていないとダメ(だと思っていた)なタイプでした。
だから罪悪感をもっている方の気持ちもよくわかりますが、無理をしたツケは必ずきますので、要注意です!
この認識の転換というか、思い込みに気づいて手放すことこそが、質の高い睡眠への第一歩です。
実は「何もしない時間」は、良質な睡眠や健康にとって最も価値のある時間だと思います。
まとめ:自然なリズムへの回帰
睡眠の問題で悩む方々、特に真面目で責任感の強い方々に伝えたいのは、「頑張りすぎない」ということです。
睡眠は、達成すべき目標でも、克服すべき課題でもありません。
それは、私たちの体に本来備わっている自然な機能なのです。
今夜から、「眠らなければ」という思いを手放してみませんか?
そして日が暮れたら少しずつ活動を減らし、「何もしない時間」を大切にしてください。
そうすることで、体は自然とあなたに必要な眠りのタイミングを教えてくれ、熟睡できるようになるはずです。
中医学が教える「自然との調和」という視点は、現代を生きる私たちにとって、とても重要なメッセージを含んでいます。
完璧を求めすぎず自然な流れに身を任せる―その姿勢こそが、良質な睡眠への近道なのかもしれません。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
より詳しいアドバイスが必要な方は、個別相談も承っております。
まずは、あなたの状況についてゆっくりとお話しさせていただければと思います。